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Woker´s Live!!:現役・元風俗嬢がえがく日常、仕事、からだ

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虫の息、虫の手 Photo

 スタッフからめんどくさそうに受け取った小さなメモをちらっと見て、莉子ちゃんはすぐに声を上げた。この人、沙羅ちゃんの客じゃん。アズマダニでしょ。
同じ部屋にいた女の子たちが、ふと顔を上げる。


 その名前が店の中で有名になったのは、私のせいだったと思う。
まだ沙羅ちゃんがこの店にいたころのことだ。この人、量がいっぱい出ないとすぐ機嫌が悪くなるから……と言いながら、客の待つホテルへ向かう前に必死で水を飲んでいることが、よくあった。手元のメモを見せてもらうと、こう書かれていた。

アズマダニ様 指名R(このRはリピートのR、つまり本指名だ)90分 オプション:聖水

 私は会ったこともないアズマダニ氏を一瞬にして嫌い、そして言った。
「出ただけでありがたく思えよなあ、ダニの一種みたいな名前しやがって」
沙羅ちゃんはぷっと吹き出し、飲んでいた水を口元から少しこぼしてしまったのでみんなも私たちの方を見た。
「ごめん、ごめんね、本人の前で思い出すなーと思ったら可っ笑しくってさ」
全員がつられて、ついふふっと笑ってしまった。そういう夜があったのだ。

 しばらくして沙羅ちゃんはこの店を去った。
 いつの間にかいなくなった、という感じの辞め方で、どうして辞めたのか誰にも分からなかった。
珍しいことじゃないからみんな特に驚いたりもしなかったけれど、ただ「あの人どーするんだろうね、あのダニの人」「けっこう来てたもんねえ」と、ちょっと話題にはなった。もはや「アズマダニ」という苗字ひとつで(そう名乗っていて別人、ということはなかなか起こらないだろう)誰もが「沙羅ちゃんの客だ」と覚えてしまったのだ。

「でもなんで莉子なの?全然沙羅ちゃんと共通点ないのに。あの子みたいのがタイプなら絶対違うでしょ、莉子じゃないでしょ。いちいち比べられたりしたら嫌なんだけど」
 不安を正直にぶちまけながら、それでも身支度を整えて行ってきまーすと莉子ちゃんが出ていき、入れ違いにやって来たスタッフが私に告げた。莉子さんが50分で出た後、すぐ次に麻衣さんもお願いします、アズマダニさん。

 静かになった待機室で、今度は香奈ちゃんがぽつりとつぶやいた。
「麻衣ちゃん、実はあたしもその人ついたよ、昨日。なんか……沙羅ちゃんのこと根掘り葉掘り聞かれた」
 そうか、そういうことか。
 どんなやつだった?何か話した? 憂鬱さに顔をゆがめながらそう訊くと、いろいろ質問されたけど、知らないから答えようがないし……と香奈ちゃんは言い、いや、知ってたとしたって言わないけどさあ、と付け足した。そしてしばらく黙ったあとで「なかなか、キモいよ」と真剣な表情でまた付け足した。ありがとう頑張る、と私は言った。

 高価なブランド物をこれ見よがしに身に付けているような、趣味のわるい中年男性……を勝手にイメージしていたけれど、実際に対面したアズマダニさんは、身の回りのことなどほとんど構わなさそうな、影の薄い感じのおじさんだった。
 もちろん彼が沙羅ちゃんに熱を上げ、手がかりを求めて交流のありそうな子を片っ端から『取材』しに来ているなんて私が知っていてはいけないので、普通に挨拶をし普通にシャワーの準備をしようとすると、止められた。
必要ない。きょう僕は君と話をしに来たんだ。そして私を改めてまじまじと見ると、微笑みを浮かべて言った。
「ふーん、君が麻衣クンか、ふーん」
私はこの人を嫌いだと思った。彼を嫌うのは人生で二度目のことだった。


「他の子たちから情報を揃えて、最後に君に話を聞くって決めていたんだよ。いちばん話をするのは麻衣ちゃん、って沙羅が言っていたからね」
 本人の前でも呼び捨てにしていたのだろうか。わしゃわしゃと掻きむしる生え際の髪の根元に、白いフケが点々と見える。口臭も強く、つい顔を背けたくなる。だが沙羅ちゃんはこの人を固定客として日々もてなしていたわけだ。私は彼女を心から尊敬し、せめてこのひととき自分も真剣にがんばろうと思った。
 アズマダニさんはよく喋った。沙羅ちゃんとどんなプレイをしてどんな話をしたか、相づちを打ちながら聞くことは決して楽しくはなかった。でも、沙羅ちゃんが彼に自分のことをどれくらいどう話していたのか、私はこの対面で果たしてどうふるまうのが正しいのか、それをつかむため一言一句に集中した。


「カネを貸しているんだよ、沙羅に」
そう言ったアズマダニさんは、すこし勝ち誇ったような顔に見えた。私は驚いて尋ねた。
「あの、聞いてもいいですか……お金って、いくら」
「3万だよ」
またも私は驚いた。それは、本当に「貸した」お金なんだろうか。ちょっと金額の高いチップではないのか。お客さんに向かって、3万円貸してください、なんて頼むだろうか。だいたい、こうして私や莉子ちゃんや他の女の子を呼んだ代金でとっくに3万円なんて超えまくっているのに、一体この人の目的はなんなのか。ただ『去られた』側となるのが悔しくてしがみついているだけではないのか。

「お前さ、今たった3万って思ってるんだろ?顔に書いてある」
悔しさと見下しのこもった声——でも「お前」の部分には親しみがこもっていた、親しくなった覚えはないが——であっさりと心を読まれ、ハッと我に返った。ただでさえ、予想以上になにも知らない、喋らない女たちに彼は苛ついていたのだ。頼みの綱の私からもこれといった情報を引き出せず、まるでばかにされたように感じているのかもしれない。さっきから髪を掻きむしっているのも、苛立ちの現れのように見える。


 ああ、もう、やれるだけのことをやろう。私は腹をくくることにした。
ちいさく息を吸い、アズマダニさんの目を見て、そして言った。
「ちがうんです。3万円は、小さな金額なんかじゃないけど、でも、でも……もし沙羅ちゃんが本当に3万円に困っていたのなら、どうして、どうして、あたしを頼ってくれなかったんだろうって……」

 彼が少し動揺したように見えた。私はさらに続けた。
「いつも、言っていたんです。困ったことがあったらなんでも言ってねって。だって沙羅ちゃん自分のことなにも話さないから、心配で……でもそれがかえって沙羅ちゃんを追いつめてたんだとしたら?親切ヅラして先輩ヅラして、あたし、なんにもわかってなかった……」

 今にも感情をあふれさせて泣き出すかもしれない、不安定で、でもけなげで、でもちょっと困った女、の像を頭に描き私は頑張った。しかし「親切『ヅラ』」というおしとやかでない言い方はうっかり地が出てしまったが、後悔しても仕方ない。あと少しだ、そのままやり切れ。

「身の上話なんかはしなかったけど、他のことはいろいろ話したからわかります。表に見せる顔は明るくしていたけど、決して他人に迷惑はかけちゃいけない、っていつも張りつめていて……アズマダニさんには、いろいろ話していたんですね。信頼してたんですね……あたしよりも」

 力ない笑顔の中に『あなたに負けました』というニュアンスをしのばせてそう言うと、アズマダニさんは頬をすこし緩め、そして急に教師のような口調になって言った。

「ま、君が信頼されてなかったってことじゃあないからね。でもこういうトコロの人間関係にそこまで真剣になることないんじゃない?深入りすると自分の身を滅ぼすよ、現実を見て生きることだね。所詮、人はみな孤独なんだよ、孤独で弱い生き物さ」

こういうトコロの人間関係。私はブーメランよ届けと念じながらゆっくりと繰り返した。そう、そうですよね、こういうトコロ、ですもんね。そして明るい声ではきはきと言った。

「なんだか、逆にありがとうございます!あたしの話を聞いてもらっちゃって。でももう大丈夫です、元気出てきました!あ、せっかく来られたんだし、なにかサービスします、こーゆートコロですしィ」

 わずかにひるんだあと、でもアズマダニさんはこの流れを受け入れた。もうそれ以上沙羅ちゃんのことを詮索する素振りは見せなかった。かわりに「じゃあちょっと風呂場でオシッコしてみせてくれる?」と言ったので、残念ですが事前にご注文がなかったのでお手洗いを済ませてきました、と断った。

 帰り際、アズマダニさんは意外なことを言った。君は何曜日にいるのか、と訊いてきたのだ。私はさわやかに言った。この人を自分の客として受け止められる器は、私にはない。
「よかったら、メールアドレスを教えていただければ。もし沙羅ちゃんのことなにか分かったら必ずご連絡します。その方がご負担がないでしょうし」

 今度も彼は、一瞬ひるんだけれど流れを受け入れた。ああそう、その方が僕としても助かるよ、こういうトコロに余計な金は使いたくないんでね、まあこういうオアソビは終わりだね、と早口で言い、紙にアドレスを書いた。azuazu-kenchan1974@なんとかドットエヌイージェーピー。
「ありがとうございました」
 私は指先まで集中して、丁寧にお礼を言った。デパートの化粧品売り場のことを思い出しながら頭を下げた。もう一度私の顔を品定めするようにサッと見て、鼻先で笑うようなヒッ、という声を残して、アズマダニさんは帰っていった。
 力が抜けた私は、坂を下ってゆく背中をしばらく見つめながら、頭の中でボーッと繰り返していた。あずあずケンちゃん。

 そんなふうな名前で彼を呼ぶ人は、これまでどれだけいたんだろう。
 もしかして沙羅ちゃんは、そう呼んでいたんだろうか。


 待機室に戻った私を迎えたのは、みんなの緊張と不安と好奇心に充ち満ちたまなざしだった。
 おつかれさまですー、とうわの空で口を動かしながら、どうだった、ねえどうだった、と囲み取材の様相だ。私はこの1時間でわかったことを一気に喋った。

 ——んとね、沙羅ちゃん、お客さんには学生だってことになっててね。で、あの人が、どうして風俗で働いてるんだって問い詰めた時に「学費の支払いが結構たいへんで、でも親には頼りたくなくて」って話したみたいで。そしたらあの人が勝手にお金を出して、これ貸してあげるよ、おいおい返してくれればいいから!って言ったらしーんだよ。……まあ、3万円なんだけど。いや笑うよね、笑うよ、笑えないけど。で、まあしょうがないし突っ返すとまた面倒なことになるじゃん?だから受け取るじゃん。で、沙羅ちゃんが辞めたもんで、俺の金は!みたいになって乗り込んできたらしーよ。なんか、違うよね、お金がーじゃなくて、お金使って沙羅ちゃんとの間にキズナみたいなもの作れた気分になってたってゆーかさ?で、裏切られた的な気分になってアタマに血が的な。
 まーでも、あきらめたっつか、我に返ったぽいから、もう来ないと思うよ。たぶん、こーゆートコの女の子に必死になる俺、っていうのはプライドが許さないんじゃないかなあ、だから、大丈夫だとは思うけど。いちお店長には言ったけど。もし、もしだよ、追っかけようと思ったって、個人情報とかはなんも掴まれてないから無理だよ、大丈夫。てか……うん。疲れた。プレイしてねえけどめっちゃ疲れた。やべえ。


 みんな真剣な表情で聞き、なるほどそういうことねと納得し、大変だったねと私をねぎらい、そしてしみじみとしたムードで黙った。

 いま、全員が沙羅ちゃんのことを考えてる。振り向けばドアのところに立って微笑みかけているんじゃないかと思えるくらい、沙羅ちゃんが今たしかに、ここにいる。もうその名前ではなくなっているというのに。

 莉子ちゃんがつけまつ毛をメリメリとはがしながら言った。
「あたし、沙羅ちゃんと別に友だちじゃないけど、沙羅ー!逃げろー!!逃げ切れー!!……って思ったね、さっき」

 みんな一斉に笑い、思ったね、とうなずきあった。
 彼女が風俗で働いている本当の理由も、この店を辞めた本当の理由も、何もかも私たちは興味がなかった。ただ、いまこの瞬間に彼女が「逃げ切れ」ているかどうか、その方がずっと大事なことだった。沙羅ちゃんの前途を祈ることはわたしたちの未来を祈ることだった。だから、取り立てて親しくもなかった女の子もみんな、なぜだか「守らなくては」みたいな気持ちになってぎゅっと手をつなぎあの男をシャットアウトしたのだ。危険が過ぎればするりとほどける、はかない手。

 わたしたちはみんな、言われるまでもなく現実を見ていた。言われるまでもなく孤独だった。
 アズマダニさんもまた孤独なのかもしれない。だけど、その孤独と手をつなぐことはできない。

 それをあなたは「こういうトコロ」の人間ではないから仲間になれない、と思うのだろう。だから私たちは永遠に、あなたと手をつなぐことができない。

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職種
売り専です…お客さんも売る側のスタッフも男性の風俗です
自己紹介
大女優とも呼ばれています。気づいたらもうすぐ40歳。なんとか現役にしがみついています。
好きなものは、コーラ!!
皆さまの中には聞いたことがない仕事かもしれません。いろいろ聞いてくださると嬉しいです!!
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デリヘル嬢。
ここでは経験を元にしたフィクションを書いています。
すきな遊びは接客中にお客さんの目を盗んで白目になること。
苦手な仕事は自動回転ドアのホテル(なんか緊張するから)。
goodnight, sweetie http://goodnightsweetie.net/
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元風俗嬢 シングルマザー
風俗の仕事はだいたい10年ぐらいやりました。今は会社員です。
セックスワーカーとセクシュアルマイノリティー女性が
ちらっとでも登場する映画は観るようにしています。
オススメ映画があったらぜひ教えてください。
あたしはレズビアンだと思われてもいいのよ http://d.hatena.ne.jp/maki-ryu/
セックスワーカー自助グループ「SWEETLY」twitter https://twitter.com/SweetlyCafe
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庄司優美花
非本番系風俗中心に、都内で兼業風俗嬢を続けてます。仕事用のお上品な服装とヘアメイクに身を包みながら、こっそりとヘビメタやパンクを聴いてます。気性は荒いです。箱時代、お客とケンカして泣かせたことがあります。