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今度また話そうね |
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この店はハズレだった。
店長が忙しいのか知らないが、いつまで経ってもネットに写真ひとつ載らず「完全未経験の癒し系!激カワです」と適当極まりない売り文句だけを書かれたわたしのスカスカなプロフィール。新人期間だというのにさっぱり写指が入ってこず、半ばあきらめていた。
3日違いで入店した女の子がいるようで、わたしのすぐ上にも同じく文字だけのスカスカなプロフィールが並んでいた。
クリックしてみると、そちらは「完全未経験のドM娘!激カワです」となっていた。
それからすぐ、そのドM娘ちゃんと話す機会があった。
あのう、このお店長いんですか。そう声をかけてきた女の子が、あたし先週からなんですよと言ったので、ああこの子、と分かったのだ。ふわんとした体つきに大学生っぽいかわいい服装。茶色のアイラインに縁取られたとろりとした瞳がかわいくて、なんとなく男受けの良さそうなというか、ああ見た目だけでドMって書いたんだろうなあ、と納得した。
ううん全然、わたしも先週からだもん、と言うと、えっじゃあ一緒ぐらいなんだ、と言ってその子がニコニコと笑った。
彼女はガールズバーとエステを経てデリヘルはここが2店目だと話してくれて、何店目だかもうわかんないよあははーというわたしの言葉に、すごい、意外な感じ、と微笑むと「そしたらやっぱり、検査とか行ってます?」と、こそっときいてきた。
んーまあ、一応ね、安心ていうか、ね。と、へらへら答えた。
うんもちろん行ってるよ、とは言いにくくて。
「そっかぁ、そうですよね、やっぱり行った方がいいよね……」と彼女はうつむいて、わたしは「うん、検査、意外とおもしろいし、ね……いろいろわかるし」と、やっぱりへらへらと言った。
うんそりゃあもちろん行った方がいいよ、とは、言えない。
「シーナちゃんてひとり暮らし?」
「うん、そうだよ」
「そっかー。そしたらいいね、保険証とかも、自由に使えるね」
彼女は保険証を自由に使えないんだろうか。
あ、今どっかヤバいの? と深刻にならないように聞くと、あっううん全然、大したことないからだいじょぶなんだけどね、と言われたので、それ以上は聞かなかった。聞けなかった。
それからしばらく経って、今度はエレベーターの前で一緒になった。その子はわたしの顔を見て、あっお疲れさまでーす、と言うと、つつっ、と寄ってきて、誰もいないけれど小さな声でこう言った。
あのあたし、マジで病院に行った方がいいかもしんなくて。……やっぱアソコが変で。性病かも、っていうか絶対そうで。なんか、どうしようこういうのって。
セイビョウ、と言いながら、とろんとしたまるい瞳が小刻みに動いて不安を語る。
「えっ大丈夫?いや、大丈夫だけどさ、最悪性病でも別にだいたい大丈夫だけどさ」
わたしは彼女を安心させたくて、またもへらへらする。
聞けば、お客さんとプレイをするたびに局部がヒリヒリと灼けるように痛痒く、ここ数日はお手洗いもスムーズにいかないという。手持ちの薬を塗ってはみたんだけど……とうつむくその子にわたしは言った。それ、膀胱炎じゃないの。
「ぼーこーえん?」
「うん。ぼーこーえん。菌が入っちゃうの、尿道に。あ、菌だけど菌じゃないっていうか、悪い菌じゃないっていうかあのー、そこらへんにいるフツーの菌が中まで入りすぎて悪さするっていうか、なんかあのね、性病じゃないよ、全然性病じゃない。あとカンジダにもなってるかもだけど、そいでもやっぱ全ッ然性病じゃない」
なんで性病じゃないことをそんなにアピールするのかわからないけれど、とにかくアピールしてわたしは言った。
「保険証……使いにくいんだっけ」
彼女は一瞬わたしの目をパッと真っ直ぐに見て、それから困ったように半分笑って言った。
「彼氏と住んでてね、うるさいの……保険証とか免許、彼が持ってるの。ほら、身分証ないとホスト行けないでしょ?だから。へへっ、情けないね」
病院に行きたいと言えば当然預けてはくれるけれど、領収書を見せるよう言われるのだという。
「婦人科、って書いてあったらやっぱマズいのかな」
「うん……たぶんすっごい疑ってくると思う、浮気とか」
「ああ……それ、わかってないけどなんかとりあえず疑うんだろうね」
「そう、なんとなく怪しい、でね」
「もうあれじゃない、生理が来ませんぐらいゆっちゃったらいいよ、あはは」
「それいい!言ったら焦るのかなあ、ふふ、超おもしろいだろなあ、言えたら」
笑ってくれたことにホッとした。そんなこと言ったら殴られるからムリ、なんて真顔で言われる可能性だってなくはなかったのだ。そして、ああその彼氏、やっぱ避妊してないんだな、とちらりと思った。
こんな話はあの狭苦しい待機室、しかも男子スタッフのいる前ではしにくい。雑居ビルのエントランスで、わたしたちは小声で話し合った。玄関から縦長に見える外の風景は日が落ちて青く染まり、肌寒かった。
【デリケートゾーンを美白するという流行りの石鹸(ドンキにて1980円)を使ったらかぶれて痛い。皮膚科は男の先生でどうしても恥ずかしいので女医さんのいる婦人科に行く。件の石鹸は悔しさのあまり部屋にあるのも嫌でコンビニのゴミ箱に捨ててきたためもうない】
ひねり出した言い訳を、彼女は気に入ってくれた。ありがとう、すごく完璧、これで病院に行ける、と。かぶれなのにおそらく飲み薬が処方される点だけが気がかりだったが、突っ込まれた場合はかきむしった傷から雑菌が入らぬようにする&早く治すための薬だとでも言うことになった。
「ありがとうね、すごく助かる、明日にでも行く」
彼女の表情に安堵が加わって、それがとてもうれしかった。でも本当にはまだなにも解決してはいないのだけれど。
「うん。行ってらっしゃい。またいろいろ話そうよ、なんか……この店ぜんぜんダメだなって話とか!」
笑ってみせると彼女も目を見開いて、
「やっぱそうだよね!?よかったーあたしもヤバいかなって思ってた。別れてもいいようにお金ためなきゃいけないのにさ、これじゃあねー。勝手にドMとか書かれるし、なんなんだろ」
と苦笑いした。また話そうね、ほんとにありがと、今度またゆっくりね、と言いあってその日は別れた。
それから何日か、彼女は本当に休んでいるようだった。わたしの生理休暇を挟んで、3回目は少し間が開いた。
やっと仕事が入って車に乗ろうとしたその時、ちょうど事務所前に到着した別の車から携帯電話を片手になにか話しながら降りてくる姿が見えた。あ、あの子。
わたしに気づくと、空いた片手に持っていた荷物をひじにかけ、こちらに向かって手を振った。
とろん、とした瞳で、ほんとうにかわいらしく、今まででいちばんかわいく、うんと笑っていた。
わたしも顔の前でちいさく手を振った。へらへらと頬を緩めて、いっぱい手を振った。
あの花のこぼれるような笑顔を、幸せいっぱいに見えるあの笑顔を見て、
いったい誰が彼女に居場所がないなどと想像するだろう?
自由に病院にかかることすら、言い訳なしではできないだなんて。
それはほんとうに、若い彼女がすべてわかって望んで選び取った場所なのだろうか。
ただ目の前の一日を、なんとか考えながらいちばん嫌な思いだけを避けて歩き続けた結果、今ここにいるんじゃないだろうか。わたしはそうだ。
彼女に会ったのはそれが最後になった。まもなくしてわたしもその店を辞めた。
今度また、は来なかった。
あれ以上あの店にいても、ひとり暮らしを始めるお金など貯まりはしないことは明らかだったので、それでよかったと思う。