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さいごの質問 |
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ねえ、検査って、毎月行ってるの。とTさんが訊く。
んー今は3ヶ月に2回くらいかな。毎月行けたらいちばんいいけど、うちロングのお客さん多いから丁度いいっちゃ丁度いい感じよ。
もう長い間指名されていてそれなりに気心が知れている上、性病について気を遣っている数少ない固定客のひとり。だから、身構えることもなくナチュラルな返事ができる。
そっか、やっぱちゃんとしてんだね。えらいね。と言われた。ちゃんとってゆーか、ねえ。軽く笑ってみせながら、でもだてに付き合いが長いわけじゃないので別に彼はわたしをえらいねとほめるためにそんな話を振ったんじゃない、ということくらいはわかる。
ずっと同じ病院行っててね、先生も看護師さんも親切にしてくれてこの仕事のことも隠してないから何でも相談できるの。そういうの、貴重だなあって思う。
なんとなくポジティブなボールをふわりと投げ返すと、それはとてもいいね、とTさんは頷き、あのさ、と言って続けた。病気の中でなにがいちばんこわい?と。
それ、けっこう難しい質問だよ。
治せない。という点ではなにをおいてもHIVだけど、感染力の強さを考えると最も大きな脅威ではない気もする、コンドームを使えるならば。日ごろ接客する人々の中に無自覚の感染者が多いと思われるのは断然クラミジアだけど、飲み薬で対処できると知っているし最も怯えている相手ではないと思う。検査を受けられるのならば。
あ、なるほど、じゃあさなんていうのかな。不妊になったりするって言うじゃない。男も女も。それは、どの病気が関係あるのかな。
おずおずとした面持ちを少し緩めたTさんと、わたしも遠慮をせずに話した。彼のききたいことが、もしくはわたしに言いたいことが、少しずつ近づいてくるのを感じながら。
クラミジアでも淋病でもかかって早くに治せればそこまで心配いらないんじゃないかな、気づかないまま長い間放置した時に出てくる問題だと思ってる、と。今はブライダルチェックとかあるし、ね。うん、そういう名前なの。
えとね、子供ができるのに差し支えること、それの最低限のこと、だからー、クラミジアと、梅毒淋病HIV、あっあとそうだ肝炎。B型肝炎。だったと思うよ。
たぶん、わたしが行ってるとこだと2万円くらいだった気がする、男の人も同じかわかんないけど。
あー、確かに、妊娠できるって証拠を出せ、みたいになるのはいやだよね。なんかそういうの、過去を洗い出すみたいなムードにされるのはいやだけど、でも変な意味を持たせないで一緒にできたりしたらいいよね。結婚する人たちが。
——結婚する人たち。
そう発音する自分の声を聞いて、とっさに、
『ねえ、もう会えないの?』
と、あと少しで実際に声に出すところだった。
でもそれは、あなたに対するわたしの気持ちとして、合ってはいるけど正確じゃないよ。そのまま言葉にしてしまったら、たぶん少し感傷的に聞こえすぎる。
だからもうちょっと違う風に言った。
「よかったね。おしあわせに」
言っておいて自分でうけて、ぷぷっ、と吹き出してしまった。おしあわせにだってさ、なんだそれ。わたしが言ってどうするんだろうね。でも、おしあわせにね。
Tさんは動揺した表情でわたしを見た。言おうかどうしようか、なんて言おうか、と迷っていたことをわたしが先に言ってしまって、なにも言葉を用意していなかったのだろう。
そのう、やってもらった後に言うなんて、どうしようもねえクソ男だなとお思いでしょうが……ともごもごつぶやいた。わたしはそれを笑った。それから彼は向き直って、やたら真面目な顔で言った。
「ありがとう。これは、シーナちゃんのおかげでもあるって、俺本当に思ってるから。直接の、エッチのこととかテクニックっていうか色々教えてもらったのだけじゃなくて、もっと何だろう、つながってるから」
なんだ、最後だって分かってたら、さっきもっと気合い入れたのにな。茶化すようにわたしは笑った。茶化してしまうのがいいように思った。
でもTさんは「この先会いたくなったらどうしたらいいんだろう。呼んだら、ぶっちゃけ……引くよね」と必要以上にしんみりしてしまっているようだった。
「それは、わたしが決めることじゃないし。いいも悪いも引くも引かないも、そういう資格もわたしにはないし。でも……大丈夫。めまぐるしくなるから。思い出すことも忘れるくらい、忘れられるよ」
「シーナちゃんはどうなのさ。一緒になりたいって男、いっぱいいるでしょう?興味ないの?結婚」
今度こそわたしはにやにやして茶化した。いないよそんなひと。ていうか人間って、自分がしあわせなほどつまらない質問を他人にするよねえ、と。Tさんは、ごめん、淋しさのあまりへんなことを、と謝り、そっと視線を落とした。
「忘れられるのかなあ、俺は」とつぶやいて、シーツの端の皺の方に。
俺はあなたを、なのか俺はあなたに、なのか、どちらの意味なのか、聞き返さなかった。
どちらもおそれるべきことではないはずなのに。
忙しくなるのだから風邪ひかないようにしなさい、と言って、ぐしゃぐしゃのふとんを引っぱり上げ彼の身体をくるんだ。はいすいません、と中から聞こえた。