HOME > 風俗嬢コラム Worker's Live!! > 水はあなたを知っている


Woker´s Live!!:現役・元風俗嬢がえがく日常、仕事、からだ

gl-live2

水はあなたを知っている Photo

いちにちの仕事を終えて事務所を後にしようとすると店長に呼び止められ、ついていくとそこには刑事がいて今夜2人目に相手した客の容貌をできるだけ詳しく話せと言う。身長は何センチくらいでしたか、顔はどんな感じ、どんなことでもいいので思い出してください——

なーんて言われても大丈夫なように、みたいなことをさ考えたりするわけよドア開けてからの30秒くらい。
昔おなじ店で働いていた女の子が、そう言っていた。


とても可愛らしい人で、もし自分が男に生まれていたら「タイプ」だっただろうな、と初めて言葉を交わした時に思った。実在の殿方もどうやら似たようなものらしく、彼女はその店にいた5ヶ月のうち3ヶ月ナンバーワンだった。だから話をきいた時に私は「そんな風に細やかにお客さんのこと見てるんだね、やっぱり」と深く感心し、尊敬と憧れと、ほんの少しの劣等感を新たにしたものだった。けれど、きょとんとした顔を一瞬したあとに彼女はあわてて首を振った。
ちがうちがう、全然そんなんじゃないよ、ぜんっぜん。暇つぶしっていうか遊びっていうか、ギャグでやってるようなものだよ、ああ恥ずかしい、と。

途端に私も恥ずかしくなって、やだごめん、でも超さすがだなーとか素で思って今、と言って笑った。
彼女ももっと笑って顔の前でひらひらと手を振り、よっぽどマジメだよぉ、と私に言い、少しのあとでこうも言った。
「でも、そうだなあ、観察してやろう、って気持ちでこうスウッと見ると、ちょっと緊張がほぐれるとかあるかもしれない。警戒っていうか恐怖の感情……っていうと大げさだな、でも、そういうのが表に出ないかもしれないよね、ふふ、今度からもっとちゃんとやろ」
おもしろがるように言いながら、とても優しい顔をしていた。ペットボトルのキャップを指先でもてあそびながら、でもそれが私にはいつくしむ仕草のように見えて、やはりナンバーワンは伊達じゃないのだ、と思った。

3年前にあったそんなことを、ホテルへの道すがら不意に思い出した夜だった。

身長は170cm前後、中肉でやや筋肉質、年齢はさんじゅう……5よりは上だろうか?わからない。
肌色はやや明るめで鼻が低く、奥二重の目は少し上がり気味だけれど決して攻撃的には見えず、穏やかだ。

客が料金を支払うため財布を開いている間、そうして彼の顔を見ていた。
でも穏やかな印象を受けるのは、2〜3分前この部屋に私を迎え入れたときからの態度が比較的謙虚なものだったからかもしれないな、と思う。私の観察眼なんてどうせそんなものに決まっている。あてになるのは背格好と髪の毛の量くらいのものだ。

何か飲みますか、と言って彼は冷蔵庫を開けた。唇はごく薄く平たく、そしてこうまでもかと思うほどに水平でゆがみがない。まるで無味乾燥、といった趣の唇。容疑者を識別するポイントはここだな、なんてね。と自己満足したその瞬間に、ああそういえば数分後そこへは自分の唇が覆いかぶさって舐めあってどちらの唾液の味かも分からないような行為をするんだったなあ、という当たり前のことを思い出し、納得するようなつまらないような安心するような、妙な気持ちになった。

「もうちょっとちゃんとしたもの買っといたらよかった」彼がそんなふうに言って少し笑ったので、いいえおかまいなく、と言ったあと私も少し笑って言ってみた。ちゃんとしたもの、って、なに。
「いや、なんだろう、なんか……カホさん、発泡酒とか飲まなさそうだから」
じゃあなになら飲みそうなのかな。ちょっと興味があってさらに聞くと、思った通り「そこまで考えてなかった」という答えのあとで、うーん、水、ミネラルウォーター、と言った。
考えてなかったと言ったあとでそれでも答えを探して持ってくる姿勢に、誠実さのようなものを感じ取ったのか、私はこの人がもう一歩温かく見えるようになった。

「六甲のおいしい水とか飲んでそうですか?」
「うー、六甲の……はちょっと違うかも、なんか、おしゃれなやつです。エビアンとか」
「ふふ、どっちも水なのに変なの。でもわかる。名前のイメージってね、ありますよね、すごい仰々しいカタカナの水とか変な味ついてそうだもの。実際に硬すぎて味がしたりするのかもしれないけど」
「あ、わかります、一度職場の上司がやっぱ海外の水を、あれお客さんからの貰い物だっけな、とにかく水のはずなのに全然飲めない、何だこれは、って言ってみんなに押し付けて、結局誰も飲まなくて箱ごと持て余したことが……あれ、あの水なんつったっけなあ」
「誰も飲めなかったんだ!ふふ、かわいそう」
「飲めなかったですね……俺も全然ダメでした、飲めなかった水はあれが初めて」
「なんだろう……クールマイヨールかしら」
「あーなんだっけな、度忘れした……でもそんなに優しい感じではなかったような、もっとこう怖そうな、強そうな、なんかあんまキレイじゃないような、ガーッと迫ってくる感じだった、ちょっと俺なに言ってんのか分かんないですね」

薄い唇が震えるように小さな動きをするさまが可愛らしくもあり、けれど発される声は成熟した男のものだった。
その水、炭酸が入っていたでしょう。うさんくさい占い師のように偉そうに言ったつもりが、最後の方で嬉しさを隠しきれていない自分の声に気づいて、もう吹き出してしまった。入ってた、入ってました、ちょっ分かってるんですね、教えてくださいお願いします、ハッと目を輝かせて彼が私のほうに身体を向け、今まででいちばん顔と顔の距離が短い。まだ今はこれ以上近づけないけれど。
「それってたぶん、ゲロルシュ」「あ!!」

ふたりで声を出して笑った拍子に伸ばした手の勢いをそのまま生かして腕に触れると、彼の手もこっちに向けられて片手の指どうしが勢いよく絡んだ。そのまま離さないでいて、と思いながらほんの少しだけ力を入れて、空いたもう片方の手を使ってもっと近くに行く。きっとあと少しで、キスしてもいい?と訊かれる、たぶん言葉ではないもので。

薄い唇は食べ物の味も歯磨き粉の味もせず、でも無味なんかじゃなくて、ほんの少しの隙間からあてもないように差し出された舌はこれといった温度も感じられず、本当にただ流れてゆく水のような人だと思った。唇と、唇の隣の皮膚との境目がとても少なく、けれど目を閉じてなぞったらどんなふうに感じ取ることができるかそっと試してみる。口角のわずかなくぼみに舌の先端を添わせて、もう少し入ってもいいよね?と言うかわりに横に滑らせる。下の前歯の並び方が綺麗だな、と思う。あるタイミングで彼の唇が、今までよりも大きく開いて私を呼びに来た。覆いかぶさって舐めあってどちらの唾液の味かも分からないような世界、さっき私の頭の中にあった、そこにしかなかった世界に手を繋いで今は2人でいる。それともあなたも一度はひとりでこの光景を見たのだろうか。彼の手は私の後頭部にあり、指先で髪を寄せてくる。こぼれた毛束が重力に素直に従って落ちる。
吐息の変化にいくらか安心して、改めて顔を見た。私が好ましく思っているこの薄い唇は、もしも彼がこんなふうな悪意のない人間でなければ軽薄の象徴そのものに思えていただろう、と気づいた。あなたを抱いている短い間、あなたを疎まずにいられることは私にとってこれ以上ない幸せだ。わたしはいましあわせ。そう伝わるといいね、と思いながら甘く小さく、ときどき大きく喘いだ。

事務所に戻って店長にこれで上がれるかどうか確認し、途中の大通り沿いにあるコンビニで買ったミネラルウォーターのボトルを開けた。プシュ、という音に店長がふとこちらを見て、なんですかそのおしゃれな飲み物、と微笑んで言う。ただのお水ですよ、と言うと、ああ、ペリエみたいな、と頷いている彼は、かつてヴィッテルでさえ僕コレなんだかつらいです、どうしてでしょうただの水なのに、と言った人だ。きっと一口で音を上げるに違いない。

「普段からそれ飲んでましたっけ」
「はい、ときどき。あ、炭酸だから、万が一にもゲップとかでちゃったらやだなーなんてやっぱ思っちゃうんですよね、だから上がり前にしか飲んでなくて、それで店長見たことないんだと思いますよ」
「ああ、ああ……そんなことまで考えているんですね、カホさんは」
まるでいたく感心したみたいに店長が言うので私はなんだかばつが悪くなり、からかうように言った。
「でもこれすっごく硬いから、店長ぜったい飲めないですよ、一生飲めないです。ふふ」
「あっ、僕の苦手なあの系統なんですね!あのう、あれとどっちがきついですか、あの、女性がよく飲んでるかわいい感じの」
「コントレックスですか。どっちだろう……たぶんこっちの方が少しだけ軟らかいのかな、炭酸の分の飲みやすさもあると思うし。でもだめですよ、店長には無理です。店長はクリスタルガイザー飲んでください」
「いやあ東京の水道水でじゅうぶんです、ボトルにつめて出されたらわからないですよ、僕の味覚なんてそんなものです。あてになるのは冷えているかぬるいかくらいのものです」

それから店長はこう言った。
「さっき、今日もうこれで上がれますかって聞かれた時、なにかあったのかなと思ったんですよ、カホさんはあまりそういう言い方されないから」
「そうでしたっけ」
「はい。そうです。なので、なにかとても疲れることをさせられたか、イヤなことを言われたりしたんではと」
「大丈夫です。ゲロルシュタイナー飲みたかっただけです、誓います」
「それならいいんですが」
「そんなことまで考えてるんですか……すごいですね、店長は。ありがとうございます」
すごくなんかありません、その水を飲める方がよっぽどすごい人です、ああ信じられないああ有り得ない、と店長は真面目な顔で照れた。

「これね、昔好きだった女の子が、教えてくれたんですよ。仕事終わって飲むと気持ちいーよ、って」

好きだった女の子。なぜかその時、スルリと口からそういう表現で出てきた。
店長はほんの少しも身じろぐことなく、そうなんですか、と穏やかな相槌をうち、
「おいしいんですね、きっと」と言った。羨ましがるのでもなく、理解できないと決めたふうでもなく、言った。

春先の明け方のくすんだ冷たい空気の中で、不意にさっきのお客さんの顔がまぶたの裏に戻ってきた。
でもそれ以上思い出そうとしても、店長の見事に調律された笑顔に置き換えられてしまってもう鮮明には描けなくなっているのだった。きょうの仕事は終わった。


あの子の指先の美しさには5ヶ月で、あの人の唇の美しさには2時間で、私は二度と会えなくなった。
店長には来週も会うだろうけれど、それだってこの先何年も続くことではない。
なにもかもは消えていく、私の記憶の中へと消えていってしまう、
ペットボトルの中で生まれては散る小さな泡のように。
それはあっけなく儚いけれど、何もなかったこととはきっと決定的に違う。

Photo
name
職種
売り専です…お客さんも売る側のスタッフも男性の風俗です
自己紹介
大女優とも呼ばれています。気づいたらもうすぐ40歳。なんとか現役にしがみついています。
好きなものは、コーラ!!
皆さまの中には聞いたことがない仕事かもしれません。いろいろ聞いてくださると嬉しいです!!
Photo
name
デリヘル嬢。
ここでは経験を元にしたフィクションを書いています。
すきな遊びは接客中にお客さんの目を盗んで白目になること。
苦手な仕事は自動回転ドアのホテル(なんか緊張するから)。
goodnight, sweetie http://goodnightsweetie.net/
Photo
name
元風俗嬢 シングルマザー
風俗の仕事はだいたい10年ぐらいやりました。今は会社員です。
セックスワーカーとセクシュアルマイノリティー女性が
ちらっとでも登場する映画は観るようにしています。
オススメ映画があったらぜひ教えてください。
あたしはレズビアンだと思われてもいいのよ http://d.hatena.ne.jp/maki-ryu/
セックスワーカー自助グループ「SWEETLY」twitter https://twitter.com/SweetlyCafe
Photo
庄司優美花
非本番系風俗中心に、都内で兼業風俗嬢を続けてます。仕事用のお上品な服装とヘアメイクに身を包みながら、こっそりとヘビメタやパンクを聴いてます。気性は荒いです。箱時代、お客とケンカして泣かせたことがあります。