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寒くなくなんて、ない |
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「あのっ、ちふゆさん外国人のお客さんってマズいですかねー!?」
そうテンション高くスタッフが言ったからぎょっとした。
「マズいってゆーか、あたし英検5級ですよムリくないですか」
と答えたら、あっじゃあなんとかイケますかね〜!?と、すごい笑顔だ。
困るんですけど、という意味で言ったつもりなのに。
「韓国人だっつってんですけどぉ、いちおーちゃんと日本人の人が電話してきてー、まあ接待っつーか。日本語も日常会話程度はできるらしいのとー、あと英語ペラペラらしーんですけどまあ意味ないっすよねハハ、あのーでも普通に、その日本人のお客さんがなんつーかその、仲介するっていうか。もちろんちゃんと禁止事項とかは言っときましたんでね、その人に。まあ正直おなじアジア人ですし心配ないっす、いざとなったらノーセックスってでかい声で言えば大丈夫ですんで、ねっ」
ねっ、じゃねえよ。んなこと言ったら全員おなじ地球人だ。日本人のてめえの日本語すら意味分からねえっつーの。
(そーゆう扱いされるのが嫌ならもっと高い店で働けば〜)と、あたしの中で架空の“むかつく誰か”が言う。たしかにもっと高い店で働けば、こういうことはあまりなさそうだ。新規の客だと玄関先までスタッフが一緒に行って、なんかセーヤクショにサインさせたりする、っていつかまりあちゃんが言ってた(それ超いいね、とあたしが言ったら、それでも無理やりヤろうとするヤツはいるよ、と苦笑いしていた。地獄かよ)。
それとも、高い店だからこそ海外から来た大事な取引先を接待するのに選ばれるんだろうか? でももしそうならたぶんその人、日本語めっちゃ喋れそう。ホワーイジャパニーズピーポーの人みたいに。
なんにせよとりあえず行くしかない。だって待機にあたししかいないんだもん。
「あざっす!助かります!いや〜ほらまりあさんって英語できるじゃないすか〜? だから行ってもらおうと思ったんですけど、この後もう本指の予約でパンッパンで弱ってたんですよ、本当あざっす!」
ばーか。心の中でそう吐き捨てた。
本当ならまりあちゃんに回したい仕事だったってことをあたしにバラした、ってのがどれだけダメなことか分かってないこともだし、『俺はまりあさんが英語話せるの知ってますよ、君らが仲良いことも知ってますよ、コンパニオンの個性をちゃーんと把握して仕事してますよ』ってなアピールを我慢できないことも、なんであのまりあさんとオマエみたいなアホの子が友達なんだか、って思ってることも、それがダダ漏れでバレているのにちっとも気づいてないことも。
あたしがまりあちゃんを好きなのは、あの子ぜったいすごく頭が良いのにこんなあたしを少しもバカにしないところだぞ。
まあ彼も、英検4級に落ちたあたしにバカと言われる筋合いはねえよと思うだろな。
行ってきま〜す、となにも考えてない顔を作って事務所を出た。
行ったのはそこそこいいホテルだった。ホワホワした廊下を歩き指定された部屋に行くと日本人の男がいて、あたしをジロジロ見ながら「ははあ、X万円だとこんな感じってこと。へえ」と言い、サービス料金と一緒に部屋番号の書かれた紙を渡してきた。
「じゃあココだから、あのー分かってると思うけどね、くれぐれも失礼のないように」と。
『くれぐれも失礼』なのは断然あんただと思うんですけどぉ〜。とはまさか言わないが、金はもらったのでこれ以上愛想よくする筋合いもない。現金をしまって出て行こうとすると、後ろからおっさんが何か言った。
「しっかしアンタも大変だね、韓国人の相手なんて。ねえ?」
どういう意味だか知らないがニヤニヤしている。黙れボケ、それ以上見ると金取るぞ。
なにも考えていない顔を作ってあたしは言った。大丈夫でーす、と。おっさんは目を丸くして、「あ、さいですか、ふぅーん」と大げさなイントネーションで言い、さらにニヤニヤしていた。
バーンと思い切りドアを閉めたいところをぐっと堪え、くっそムカつく……と思いながらドカドカとエレベーターに乗り込みガシガシとさらに上の階のボタンを押し、しかしムカつきがにじみ出た顔で肝心の客の前に行くのはよくない。なんといってもさっきのアレの仲間というか、まあ何らかの関係者なのだ。さらにパワーアップしたイヤミなクソジジイが出てきたっておかしくないんだから、気を引き締めなければ。
呼吸を整え、覚悟してドアの前に立つ。
でも、出てきたのはクソジジイには見えない男の人だった。
おじさん、と呼ぶのもちょっと違う感じ。普通のお兄さん、って感じ。色が白くて、切れ長の目に細いメガネをかけてて、でもそれは「素朴で優しそう」にも「実は神経質そう」にも見えるから結局よくわからない。まだ怖い。
お金持ちの家の優等生な小学生が、そのまま20年過ぎたみたいだ。髪形のせい?それか、シャツの上にベストを着てるからかもしれない、このおぼっちゃま感。
こんばんは〜、とこわごわ声をかけると、お兄さんは無表情であたしを見て、それから「あ……こん、ばんは」と言った。
その不安定な日本語で、はっと思い出した。そうだ、頑張らないといけないんだった。
「えっと、はじめまして!あたしの名前は、マイネームイズちふゆです。ナイストゥミーチュー」
机に備え付けてある、ホテルの名前が入ったメモ用紙に CHIFUYU と書くと、リーさん(李さん、なのかもしれない、でもわかんない)は「チフユさん、……How old are you」と言った。
年のことだろうというのはなんとなくわかり、日本人の客と同じこときくんだな……とちょっとうんざりしながら、名前の隣に 22 と書いた。すいませんね10代じゃなくて。
するとリーさんはそれを見て「Ah...」と言い、あたしに向かって「びっくりした→ほっとした」みたいな身振り手振りをした。真顔のままで。
もしかしてと思い「アイアム、ノー……みせいねん!」と言うと、少しだけ笑って頷いた。
なんだなんだ、さっきのおっさんより100万倍大丈夫そうじゃないか。色気がないということを思い知らされたようでその点はヘコんだが、とりあえずこの人が『たぶん、嫌な奴じゃなさげ』ってことで安心したあたしはちょっと元気になり、シャワーでもベッドでも張り切ってサービスをした。
リーさんはとてもおとなしい人で、でもあたしが頑張っていると気持ちよさそうにしたし、カタコトとも呼べないような英語で何かを言うとこっちが照れるほど見つめてきて、なにかしら返事をしてくれた(だいたい分かるらしいのがすごいと思った)。
ただとても困ったのは、「日常会話程度」と聞いていた日本語が、実際にはほとんど通じなかったことだ。あのおっさんが店に適当に言ったのかもしれないし、店があたしに適当に言ったのかもしれない。どっちなのかは分からないし、どっちにしたって仕方がない。
笑ったときに見える歯並びがきれいで、それもまた、お坊ちゃまぽい感じがした。だけど歯が見えるほど笑ったのは一度だけ、イソジンの使い方を教えたときだ。知らなかったら飲んじゃうかも、と思ったから「リピートアフターミー」と言ってからあたしがうがいをしてみせて、「ベリーベリーバッド、まずい、バットユーキャンドゥーイット!」と言ってみた。リーさんは上手にうがいして吐き出したあと、英語で何か言って笑った。その時に歯並びが見えた。
たぶん、こりゃ本当にまずいね、とか言ってたんだと思う。いや、もしかしたら、きみって松岡修造みたいだね、とか言ってたのかもしれない。とりあえず必死だったからしょうがない。
もちろんまだまだ緊張していて、会話だってスムーズじゃなくて、それでも楽しく過ごしていたはずだった。だけどそんな時間は突然終わった。
リーさんが、コンドームを準備して『そういう体勢』をとり始めたから。
「えっ、待って、えっと」と言ったきり、あたしはどうしていいか分からなかった。少なくとも『ノーセックス!!!』と大声を出すなんて、できるわけなかった。
ビクッと身体を後ろに引いたあたしを見て、リーさんはもっと固まっていた。
……あ。この人、挿入はできませんよって、もしかして、知らない。
分からないけれど、なんでか、分かった。『できないと言われていない』どころか、『できると言われている』可能性すらあるぞ、と直感で思った。
「ソーリー……」とあたしが言うと、ごめん、なさい、とリーさんも言った。自分のしたことを詫びるための謝罪ではなく、状況は分からないけどとにかく一度ごめんと言わなくては、という感じの、ごめんなさい、だった。つまり2人とも何を謝ってるのか意味不明なのだ。
「アイムソーリー、アイム、えっと、アイキャントセックス……」
リーさんは動揺しているようだった。できると思っていた行為を拒絶されたことへの驚きなのか、突然オロオロし始めたあたしに困っているのか分からない。
「アイドント、ドントライクユー」
いやちがう。いまのは『あなたが嫌いなのではない』と言いたかったんだけどなんかたぶん絶対これ違う。
あたしはなりふりかまわずとにかく何かを言い続けた。
マイショップ、メンバーガール、エブリバディノーセックス。インジャパン、イフマネーインザセックス、アンドポリス。イフユーポリス、アイアム悲しいクライング。フェラチオイズセーフセーフ、とか、なんかいろいろ。
本当に心底バカみたいで、でもバカなんだからしょうがない。
あのおっさんのニヤニヤした顔がふとよみがえる。もしかして『くれぐれも失礼のないように』って『黙ってヤられとけ』って意味か。
くそジジイ、地獄に落ちやがれ。
リーさんは黙って聞いていた。そのうちにあたしがもう何も言えなくなると、
「I see, OK, No problem. ……だい、じょう、ぶ」
と、とてもゆっくり言った。いいよ、ってことだろうか。本当に?
まだ安心できずに弁解しようとするあたしにもう一度オーケイと言って、その次に言ったことは聞き取れなかった。ただ、スマイル、という言葉が入っていた。
よくわかんないけどもういいよ、だから笑ってよ、そういうことを言ってくれたのかもしれない。ほんとうに申し訳ない、と思った。
セックスできないことを理解してくれたのには安心したけれど、せめて他にできることをしようとしてもリーさんは遮った。
それじゃあんまりだと思ったけれど、頑なだったし、無理やり触ろうとするのもそれはそれでセクハラみたいでできなかった。挿入以外のことは大丈夫なんだよ、と伝えることも、あたしはちゃんと感じてたよ、と伝えることもできなかった。さっきまでみたいに口元だけでも微笑んでくれないのがつらかった。
そして何よりアソコがすっかり小さくなっちゃってて、もう、どうにもならなかった。
結局、添い寝しながらあたしのめちゃくちゃな英語(ですらない)でなにか話し、それにリーさんが簡単な単語で返事をしてくれる、そういうふうにしてしばらく過ごした。
自分の英語でも通じそうな質問を探して探して、ドューユーライクジャパン?と訊くと、あたしの顔を見て、そっと指先で頬をなでながら「YES」と言ってくれたのがなんだかいちばん嬉しかった。そのときは、目を細めて笑ってもくれた。
そのうちに時間が来て、シャワーを浴びた。身体を洗うのは、さっきと同じようにさせてくれた。ホッとした。
服を着終わると、リーさんがあたしになにか言った。
「ネーム」「カンジ」という単語が混ざっていたのが分かったから、あなたの名前は漢字だとどう書くの、ってことを言ってるんだろう。さっき書いたCHIFUYUの隣に千冬、と書いた。
「メニーメニーアイス」と言ったら、ふふっ、と笑われた。わりと真面目に言ったつもりだったんだけどな……と思ってから、あっしまった、冬はウィンターだろバカかあたしは、と気がついて言い直した。メニーメニーウィンター。でもそれってどんな名前だよって感じだ。
ごにゃごにゃ言いながら、ハッと思いついてあたしは口ずさんだ。
レリゴー、レリゴー、姿見せるのよー
レリゴー、レリゴー、自分にフーフフンフーン
レリゴー部分以外がめちゃくちゃだけど、たぶんこれで伝わるだろう。別に寒いのが好きで名前に冬入れたとか、そんなマヌケなやつじゃないからねって。
実際は、いまだにあの映画を観たことはない。あんなに流行っていたし、観たいなあと思ってもいたはずなのに、なぜか観なかった。
歌うあたしをリーさんはじっと優しい顔で見ていた。同情のまなざしかもしれない。そして、英語で何か言ったけど少しも聞き取れなかったから「パードゥン?」(義務教育で身についた数少ない言葉のひとつだ)と言うともう一度言ってくれて、だけどやっぱり全然わからない。なんだろう。
とりあえず聞こえた範囲でマネして「……ザコ寝がバーン?三重?ウェイウェイ?」と言ってみると(だってそんな感じに聞こえたんだからしょうがない)、きょとんとした顔をされた。だめだ。お手上げだ。
リーさんはメモ帳を一枚めくり、そこにペンで何か書いた。
そしてその紙をふたつに折り、テーブルの上の手帳から一万円札を出して、重ねてあたしにスッと差し出した。
抜いてもないのにチップなんてもらっていいのか戸惑ったけど、いりません、という言い方がわからないし返しちゃいけない気もして、ベリベリサンキュー、スペシャルサンキュー、と言って受け取った。リーさんは微笑んでいた、口元だけで。
外国ではきっとあたりまえに渡す文化なんだ、だから気にしなくていいんだ、と自分に言い聞かせることにして、それでもやっぱり申し訳ない感じがぬぐいきれずに、せめて最後にもう一度だけキスをして、部屋を出た。
帰りの長いエレベーターでメモを取り出して眺めてみたけれど、どういうことが書いてあるのかはやっぱりわからなかった。
そうだ、あとでまりあちゃんに聞けばいいや、と思って、
(……もし予定通り彼女が行ってたら、あの人、もっともっと楽しい時間が過ごせたんだろうになあ)
そう正直に思った。
すごく、すごく思った。
途端にまりあちゃんにこれを見せるのはダメなことのような気がして、どうしよう、あっそうだ、英語を入れると日本語が出てくるLINEのアカウントがあったはず、やったことないけどたしか逆もできたはず、と思いついた。
えっ
最初から、そうすればよかったんじゃないの——。
なんだか自分が何もかもを台無しにしたような気分だった。早く帰りたくて、足早にロビーを歩いた。ホテルの外に出ると、夜中の風はもうひどく冷たい。
もっとあったかいコートを着てくればよかった。天気予報はつけていたのに、ちゃんと見てなかった。
なんで、どうしてこんなにバカなんだろう、あたしは。
ため息をつくと真っ白になった。寒くて、星も見えなくて、誰もいなくて、それこそ雪山にひとりぼっちみたいな気分で、ほんとにアナ雪みたいだな、と思った。観てないけど。おもしろくなってもう1回白い息を吐いた。別におもしろくはないな、と思ってやめた。
それから読めないメモをたたんでポケットにしまい、小走りで車寄せに向かった。
とりあえずまじ寒いわ。
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Chifuyu,
Thanks a lot. You’re awesome.
Take care.
"The cold never bothered me anyway!"
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