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Woker´s Live!!:現役・元風俗嬢がえがく日常、仕事、からだ

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春一番の姉妹 Photo

 みずほちゃんの裸なら、あたしは何度も見た。見ただけじゃない、何度も触ったし、舐めたこともある。やわらかくて白くて、あったかかった……ような、気がする。

 思い出せないのだ、あんなに何度も触れたのに。


 この店に3Pコースがあることは、面接を受ける前から知っていた。
やれますか、と訊ねてきた店長は、すぐに「無理はしなくていいんですよ、できなくても大きく不利になるようなことはないし……あ、収入の面で」と言った。ちゃんとした店ぽいな、よかった、と安堵しながら、あたしはすぐに「やれます」と答えた。前にいた店でもやってたので大丈夫です、全然平気です、とやたら強気で。
 ああ、それは助かります、という声とともに、あたしのプロフィール設定が書かれた紙の『3Pプレイ・可/不可』という欄は『可』がボールペンのマルで囲まれた。
「……と言っても実際つくことはあんまりないと思います、やっぱり料金面で高くなるしね、こだわる人は専門店に行くし、そうそうあるもんじゃないから安心してください」
店長は優しい口調でそう付け加えた。あ、はい、と曖昧な笑顔で返事した。


 本当は前にいた素人系イメクラにそんなオプションなんかなかった。それなのになぜかできると言ってしまったのは、できるような風俗嬢になりたかったから、だと思う。
 イメクラでのあたしは、素直なM女ちゃん、として売られていた。面接の時に『こういう仕事は初めてで技術的なことに自信がない』と言いすぎたのがいけなかったのだと思う、今にしてみれば。可愛くてエロい上に夢のようなテクニックを持った女の子たちばかりがうじゃうじゃいる世界に入っていくのだ、と思うと身構えてしまい、あとから何もできない子だと言われるのが怖くて、自分で予防線を張ってしまった。

 あたしのもとには『何もできない子』を好む客が集まるようになった。そうすると不思議なもので、一生懸命に『何もできない子』を演じるようになり、その技術がどんどん上達していった。ときどき、徐々に身に付いた勘のようなものでわれながら実に上手く客を勃起&射精させられた時でも、あちらは自分の性的能力が若返ったのだと思い込んで喜んでいた。

 それなりに指名はあったし、収入もものすごく不満というわけではなかった。だけどそのうち、なんともつまらなくなってしまった。毎回飽きもせず頭をポンポンと叩いては、
「ほうらがんばってもっとくわえてごらんおシゴトでしょ」
と同じ言葉を言ってくる早漏の常連客にもうんざりしていた(そいつは少しでも時間が余ると不機嫌になるので、こっちはずいぶん気を遣ってコントロールしていたものだからうんざりもひとしおなのであった)。
 もっと違う働き方がしたい……と思いながら、あたしは男性向けのポータルサイトで『素人素人と連呼していないヘルス店』を探し、そしてこの店にたどりついたのだ。


 全然平気ですと言ったものの、実際オーダーされたらどうしよう、と思うとすぐに後悔の念が押し寄せた。3Pプレイの内容がどんな感じか、いちおう想像することはできるものの、実践となるとさっぱりだ。
やっぱりしなくて済むならしないでもいいですか、と言ってしまおうか。まだ引き返せる……と怖じ気づいたとき、店長がひとりの女の子を呼び止めた。
「今日から入るさくらちゃん。一緒になる機会あると思うから、よろしくお願いしますね」
店長はまず女の子にそう言い、それからあたしに
「こちらはみずほちゃん。いまレギュラーで出てる中で3P行けるの彼女だけじゃないかな、他にもいろいろ教えてもらってください」
と言った。

 よろしくおねがいしま、す……とどうにかこうにか発音しながら、引き返す選択肢が今や完全に消えたことが分かった。
この人、絶対、売れてる。この人、たぶん、すごい。あたしが探しているものを、きっともうすべて持っている。この人があたしの師匠だ。
そう強く予感した。
『みずほちゃん』はにっこりと笑った。そして、
「こちらこそ。よろしくお願いします」
と言った。あたしに、言った。産毛を撫でられるような繊細な動揺と高揚が、なのに太く太くガツンと、背中を駆け抜けていった。


 とはいえ、できないものはできない。みずほちゃんに何もできない子だと思われるのだけはいやだと思い、正直に打ち明けることにした。きっとバカにしたり面倒くさがったりする人じゃない、あたしの読みよ、当たってくれ。

——あの、前のお店にオプションあったって言ったら、なんか流れで3Pできるってことになっちゃって……でも前んとこのは、オプションだから、なんていうか、ひとりは着衣で見てるだけ、っていうか、なんかそういうやつで、えっと。だからあたし、大丈夫かなって、いや、たぶん大丈夫、ぜったい大丈夫だとは思うんだけど、抵抗とかはないんだけど、全然ないんだけど、動画とかはいっぱい見てみたんだけど、ちゃんとしたやり方が、わかってなくて、教えてもらえたら助かります……。

 みずほちゃんは、あたしのしどろもどろの告白(嘘だけど、本当だ)を聞いて、それから言った。
「大丈夫だよー。3Pのお客さんってそんないなくてわりと決まった人たちなんだけどね、ウチに来るような人はみんなわりと『ぬるい』から。んとね、自分はこうバーンて寝てて、右と左から女の子ふたりに奉仕されてハーレムぅ♡みたいな、そういうのたまにやりたいなー!って感じの人ばっかりなの。だから、心配しなくても大丈夫!どしてもヤだったらもうやんなーいって言っちゃってオッケーだし……でも、きっとできるよぉ」

 ああ、やっぱりあたしの予感した通りだ、と確信した。みずほちゃんが大丈夫だと言うのなら、間違いなく大丈夫にきまっている。彼女はきっと経験豊富で、優しい微笑みの内側にはたくさんのデータとノウハウが詰まっているはずだ。
 もっと近づきたい、教わりたい、盗みたい。あたしにだってできないはずはない。わくわくする、と思った。わくわくするだなんて久しぶりだった。


 ついにその日が来たのは、入店して2週間ほど経ったときだった。
 スタッフからオーダーを受け取り、すぐさまみずほちゃんの方を見るとみずほちゃんが先にあたしを見てニヤリと微笑んでいた。
「あの、このマツイさんて、ぬるいほうの人、かな……?」
「あはは、ぬるいぬるい。ぬるいし早いから安心して。えーっとね、40代後半くらいで、体型とかはフツーな感じで、んんーたまにちょっと口が臭いときもある……けどまあなんとかなる範囲の臭さかな。あ、お金はうちのお客さんの中じゃそこそこある方だと思うよ。だからどうってこともないけど、ふふっ」

 ——じゃあさ、うぶな新人さんにあたしが男の責め方を手ほどきする、って感じでやろっか。たぶんそーゆーの期待してると思うんだよねえ。ちょっとチジョっぽくガンガンいくから、え〜そんなことムリ〜みたいな感じであんま動かないでいていいよ。シャワーは2人で、前と後ろからって感じでね。もし体勢変えたいときは合図して。

 みずほちゃんが立ててくれたそんな作戦に、完全に乗っかる形であたしはどうにか90分のデビュー戦を終えた。みずほちゃんが「みて」と言いながらあたしの方を見つめ、客のわき腹あたりの肌をぞわりと舐める顔から目が離せず、申し訳ないが客がどんなおじさんであったかたいして覚えていないほどだった。しかし彼はたいそう興奮し、満足し、そして何よりあたしとみずほちゃんとの組み合わせを気に入った様子だった。
『君たちってちょっと似てるよね。見た目とかじゃなくて、雰囲気が。姉妹みたいで興奮しちゃうなウヒヒ』と言ったときは、マツイ、あんたいいこと言うじゃないか!!と心の中で喝采を送ってさしあげた。
 そのあとますますニヤつきながら『銀行コンビだね』とも言っていたけれど、意味が分からずにスルーしてしまった。

「あれ、なんだったんだろうね、銀行コンビ、って」
「あーあれね、昔さくら銀行って銀行があったんだよ。だから、さくらとみずほで、どっちも銀行、っていう」

ファミマの芋けんぴを食べながらみずほちゃんは言った。

「えっそうなんだ全然知らなかった、あたし田舎モノだからさ」
「都会の人だって誰もわかんないよー!もうめっちゃ昔の話、いつなくなったんだっけかなあ、ほんっと昔のことだもん。だからあたしもさっきシカトしたの……あれ、親切のつもりで拾ったりしたらたぶんマツイさん『おやおや〜こんな古い話を知ってるなんてだいぶサバ読んでるな〜?』とか、ドヤ顔で言ってくるやつだよ。あの人ちょっとそーゆーとこあんの。悪い人じゃないけど、ちょっとね」

 あたしとそう変わらないと思っていたのに、みずほちゃんっていくつなんだろう。訊いてみたかった。だけどそんなことを口に出すわけにはいかない。この師弟関係に、はしたない好奇心は持ち込み禁止だ。かわりにあたしはこう言った。

「……みずほちゃんは、マツイさんもう何度もついてるの?いつも3Pだった?」
「うん、新しい子で3Pオッケーな子が入るとあたしとペアでいっかい試す、って言ったらなんかヤな感じだねごめんね、そいで気に入ったらしばらくは同じメンバーでリピートって感じ。……たぶんさくらちゃんにはハマッたよ、これからがっつり来ると思う。てかあの人だけじゃなくて、さくらちゃん絶対すぐあたしより売れるよ!さっきもすごくやりやすくて助かっちゃった」

 その言葉にあたしは有頂天になり……そうになったが、すぐに自分を制した。
 たとえまだまだ要領を得ないどんくさい新人だろうと、彼女ならきっとほめることでモチベーションを保とうとするだろう。これを真に受けて浮かれている場合ではないぞ、と。
 するとみずほちゃんは目を細めて、「あーあ、ほんと楽しかった!マツイ早くまた来ればいいのに〜」と言った。その顔を見た瞬間、あっけなくブレーキはぶっ壊れみるみるうちにあたしはしっかりと有頂天になった。有頂天になるというのは、夢のように気持ちの良いものなのだと知った。


 みずほちゃんの予言は、ものの2〜3ヶ月で実現した。マツイ氏は毎週のように来店し、あたしたち2人を指名して3Pコースで遊ぶようになった。
 単品でのあたしも、なかなかの売れ行きだった。持ち客と呼べるような人もできて、みずほちゃんにはまだ一歩及ばないがナンバーにも入った。何よりも、前の店とは気持ちの楽さが違った。そりゃあたまには嫌な客もいてムカつくことも多々あったけれど、週に一度みずほちゃんと2人で仕事をすることが、すばらしい気分転換になっていた。
 それなりに忙しくなって(みずほちゃんは元々めちゃくちゃ忙しかったが)、新人の頃のようにもじもじと雑談するような時間はなかなか持てなくなってしまった今、コンスタントに店に来てくれるマツイ氏の存在に、あたしはわりと本気で感謝していた。
 裸になって触れ合うのは、いつまでたっても緊張した。けれどキリキリと神経を研ぎ澄ませているはずなのに、彼女の声や言葉や肌の温度に集中していると、なぜか一方でリラックスしてしまう。そしてなにもかも濾過されるように、嫌なことが薄れてゆくのだった。

 驚いたことに、いつしかマツイ氏にも変化が訪れていた。彼のプレイの好みが「ふたりの女の子に奉仕される」から、徐々に「ふたりの女の子が自分を介して絡む」になり、ついに「姉妹のような2人の絡みを見ながら自慰行為をする」になった。おそらく背景と化すことに悦びを見出したのだろう。あたしが「おねえちゃん」と言ってみずほちゃんに甘えるプレイにとくに興奮するようだった。
 あたしたちが、マツイ氏の中に眠っていた新しい扉を開いたのかもしれない、と思うと愉快だった。だけどあたしにとっての彼は、そういえば最初の日からずっと変わらず背景だったのだ。


 ぬるい風がびゅうびゅうと吹く3月の夜だった。
 とっくに時間がきているのにいつまでも触れしゃぶれとうるさい客をどうにか片づけ、荒れた気持ちで待機室へと戻る途中。イライラしたから甘いものでも買うか、と立ち寄ろうとしたコンビニから、みずほちゃんが出てきた。
「あっ」
あたしに気づくと、ぱっと笑顔になって、おつかれー!と言ってくれた。
「おつかれさまー。みずほちゃんもう上がり?」
そう言ったのは、仕事道具ではなく私物のかわいいバッグを持っていたからだ。
「上がり上がり。なんかちょっと疲れちゃってさあ、早く上がらせてもらうことにしたぁ」
「やだ、大丈夫?ゆっくり寝てよ?」
「へーきへーき、ありがとね。あっそうだー、これあげるっ」
 そう言って、いま買ったばかりであろう袋の中から栄養ドリンクの小瓶をひとつ取り出してあたしにくれた。
「どれにしようか迷っちゃって3本も買ったから。ふふっ」
「えーいいの?あっしかもこれ一番高いやつじゃん、お姉さまったらふとっぱら〜」

そうだよ!と言ってみずほちゃんも笑った。

「さくらちゃんは自慢の妹だからね、いいのあげちゃうよ。きょうもラストまででしょ?それ飲んでがんばって」

 にやけてしまうあたしの顔を隠すかのようにビュワッと風が吹き、染め直したばかりの髪がくしゃくしゃに乱れた。
 するとみずほちゃんの手がこちらに伸びて、そっと前髪を指で分けてくれた。
 指がおでこに、触れた。
 右と左に、二度、触れた。
 心臓がびくんと驚く音が、そこから伝わってしまいやしないかと思った。風の音に上手くまぎれてくれただろうか。
「がんばってね!」
 みずほちゃんはもう一度そう言うと、ひらひらと手を振って、駅の方へと歩いていった。

 客の男が見ている前以外でこんなふうに触れられたのは、もしかしたら初めてだったかも、どうだろう、きっとそうだ。
 そう思うと生暖かい気温もあいまってそわそわした気持ちになり、とりあえず残りの仕事をやたらはりきってこなした。指先が軽くおでこに触れただけなのに、まるでもっと敏感な部分をそうされたかのように胸が高鳴ったし、ぎゅっとハグして励まされたかのように誇らしい気持ちだった。

 それがみずほちゃんとの最後になった。


 次の週に出勤したら、ずっとみずほちゃんの写真が貼られていたはずの<先月指名No.1>のところに、なんと違う子がいたのだ。なんだこいつ、と思ったら、『さくら(22)』と書いてあった。自分だった。
 きちんと事前に伝えられてはいたんですが、他の子には言わないで欲しいということでしたので、と少しすまなさそうに店長は言った。

 おかしい。
 そんなのって、絶対におかしい。ちょっと待ってよ、と駆け出して追いかけたい気持ちだった。あのコンビニの前へと急ごう、そして引き止めなくちゃ、とさえ思った。実際これからもあのコンビニを使わなくてはならないのかと思うと、そのたび心が乱されるのが容易に想像できて途方に暮れるしかない。きっとATMに貼り付いた「みずほ銀行」のステッカーとやたら目が合ってしまうに決まっている。
 ねえおかしいでしょう、そんなのだめでしょう。ねえみずほちゃん、あたしは何も、何もできないんだよ!?なにもできないあたしを置いていくなんてひどいよ、自慢の妹だって言ってくれたじゃん。

 せめて記憶をたぐり寄せようと、あたしを抱いていた時のみずほちゃんを思い出そうとした。おねえちゃん、と言って抱きついた時の、やわらかくて白くて、あったかかった肌の感触を。だけどもはやなにひとつ鮮明ではなく、全部夢だったかのようにボンヤリした映像しか作れない。あんなに何度も触れたのに、なぜ背景に過ぎない客のたるんだわき腹ばかりがみずみずしく浮かびあがるのか。ちくしょう。

 こんなふうな気持ちで唇を噛むのも、この先しばらく思い出しては切なくなるのも、全部あたしだけなんだろう。みずほちゃんはあたしをふいに思い出すことなどないだろう。
 だってそうに決まってる。さくら銀行の看板は、街のどこにもありゃしないんだから。

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職種
売り専です…お客さんも売る側のスタッフも男性の風俗です
自己紹介
大女優とも呼ばれています。気づいたらもうすぐ40歳。なんとか現役にしがみついています。
好きなものは、コーラ!!
皆さまの中には聞いたことがない仕事かもしれません。いろいろ聞いてくださると嬉しいです!!
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デリヘル嬢。
ここでは経験を元にしたフィクションを書いています。
すきな遊びは接客中にお客さんの目を盗んで白目になること。
苦手な仕事は自動回転ドアのホテル(なんか緊張するから)。
goodnight, sweetie http://goodnightsweetie.net/
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元風俗嬢 シングルマザー
風俗の仕事はだいたい10年ぐらいやりました。今は会社員です。
セックスワーカーとセクシュアルマイノリティー女性が
ちらっとでも登場する映画は観るようにしています。
オススメ映画があったらぜひ教えてください。
あたしはレズビアンだと思われてもいいのよ http://d.hatena.ne.jp/maki-ryu/
セックスワーカー自助グループ「SWEETLY」twitter https://twitter.com/SweetlyCafe
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庄司優美花
非本番系風俗中心に、都内で兼業風俗嬢を続けてます。仕事用のお上品な服装とヘアメイクに身を包みながら、こっそりとヘビメタやパンクを聴いてます。気性は荒いです。箱時代、お客とケンカして泣かせたことがあります。