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Woker´s Live!!:現役・元風俗嬢がえがく日常、仕事、からだ

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ずっとこのまま Photo

 高級マンションなんて縁がないから良さがわかんないな、と最初のうちは思ってた。だけどやっぱりあの建物、趣味が悪いって言ったらひどいかもだけど街から浮いてる気がする。地面から黒と銀色の棒がモリモリッと生えたみたいだ。そこには私の客が住んでいて、よく呼んでくれる。

 外観のダサさはともかくとして、高いマンションなのは間違いない。家賃がいくらぐらいなのか見当もつかないし、家賃とかじゃないのかもしれない。窓はでかいしお風呂は広いし建物の名前はカタカナで長い。前にいた店ではこういうとこに呼ばれたことなかったし、お金持ちの客ってなんだか怖いイメージもあったから超エラそうなヤなやつが出てきたらどうしよう、と思って最初は憂鬱だったのを覚えてる。でも実際は普通のおじさんで普通のプレイで、普通でよかった、って安心した。
 帰り際に玄関で、お客さんの靴の中に何かの木が入っているのを見てつい何も考えず「これなんですか?」と訊いてしまったとき、彼はすぐに答えず「……形が崩れないように入れるんだよ」と言った。へえ、と納得していると「初めて見た?」と訊かれて、ああ今たぶん引かれたんだな、と思ってなんだかひどく恥ずかしくなった。
「ミユちゃんだっけ。可愛いね。また呼ぶよ」そう言われて、この店で初めての固定客ができた。

 その人は私にいろんなことを教えてくれた。シューキーパーはシューをキープするからシューキーパーだってこと。文庫本とふつうの本の中間? に、新書って本があること。東京は埋め立て地だらけで、江戸時代には銀座に海があったってこと。プロテインには大まかに分けて3種類あるってこと。あとお金持ちに気に入られると、そうでない人に気に入られるよりもお給料が増えるし、新規のお客さんを数こなすよりも危険が少ないってこと。これは勝手に知っただけだけど、プロテインのことを知るよりもなんだか成長できたような気がした。アタマの中で開かれた『私を査定委員会』のメンバーは「思いきって前より高い店に移ったのが功を奏しましたね」「いい決断でした」「やはり何事も攻めの姿勢ですよ」と口々に高評価、彼に指名されるたびに少しずつ得点が増えた。委員長は「おっ、人生何とかなるかもしれませんな」と言った。
 そんな時期も、あった。

 いつからそうじゃなくなったのかは分からない。後からならいくらでも言えるけど、でもあれが分かれ道だったのかな、と思う出来事はある。鍵を渡されたときだ。こんな大事なものだめですよと言ったけれど、いちいちインターホン出るの面倒くさいんだよ、と心底面倒くさそうな顔で言われて最終的に引き下がってしまった。実際このマンションはボタン操作の必要なドアが2ヶ所あって、しかもエントランスが広い上にぐにゃぐにゃしていてやたら距離がある。
 後悔したけど、今さら突き返してもどうなるか怖かったし、日が経つほど店に言うのも無理だったし、私は他にロングコースで安定して呼んでくれる客なんて作れてなかった。

 後にその鍵はスペアではなく、ここで一緒に住んでいた女の人が置いていったものだと聞かされた。複製じゃないから犯罪じゃないし君が疑われることもないんだから持っとけよ、みたいなよく分からないことを言われた。
 間取りからしてそんな感じだったし驚いたりなんてしないけど、それを教えられることでなにか特別なポジションに勝手に立たされたらしいことが重く、彼が私との距離を詰めようとしているのが怖かった。私にとっての彼は、『何をしてくるか分からない他人』から『良くしてくれるありがたいお客さん』に、つまりとっくにいちばん近いところまで近づいていたのに。
 もう『切り時』っていうやつなのかもしれない、と何度も思ったし、アタマの中ではいつだって、『切り時判定委員会』が開かれていた。けれど、切っても切らなくても困るのは同じ私なもんだから、議論がぜんぜん進まない。全員からオイ何とか言えよ、とにらまれながら、委員長はだんまりを決め込む。


「ミユはさ、ちゃんと考えてるの?」
 ちゃんとって何をだろう。いつからか私は、教えてもらうんじゃなくて何かを答えさせられている。お説教だろうか、いつまでこんな仕事をするつもりかというよくあるあれを、まさか今から。
「んー、考えてないわけじゃないけど……」
「だいぶ貯まったでしょ、お金」
 イヤな話になるな、と覚悟して私は明るく笑った。やだあ、そんなでもないよう、あたしぜんぜん売れっ子じゃないし。でも彼は続ける。
「いや、俺が払っただけで相当なはずだよ。もう1年近く月に2回は呼んでるでしょ? いつも4万6千円だから1ヶ月9万2千、1年で110万4千、ほら100万以上入ったはずだ」
『以上』を強調されたことが、すごくいやだった。だってまだ『1年』じゃなくて10ヶ月だし、『月に2回』というのも正確じゃないし。彼の都合がつかず月1回になることも私が体調を崩して欠勤したこともあった、だから100とか全然いってない。それになんで100万円(ないけど)がそっくりそのまま私の手元にあるみたいな言い方をされるんだろう。

「そーだね。その半分ちょっとをいただいてるわけだから、本当にお世話になってるよね。すっごく感謝してる。いつもありがとうございます」
 重く受け止めずおちゃめ風な顔で答えたいのに、どうしてもイライラして『半分ちょっと』に力が入ってしまう。
「客が俺だけってことないんだし。だったらそろそろ」
「あー、いくら貯まるまで、って金額決めて始めたわけじゃないからさ……最初はそういうことも考えてたし、きちっと決めた方がいいって思ってたけど、ほら、いくらあれば安心だなんてさあ、いえないじゃない? 今の時代」

ミユらしいなあ、と言って彼は笑った。

「でも石橋を叩いてばっかりじゃ何も変わらないよ? まっ、そういう慎重なところ、俺はすごくいいと思うけどね。それに、奥さんにも向いてると思う」

 奥さん? それ、一般論、ってやつですよね!? そうじゃなかったら、怖すぎる。それに、それに、万が一の万が一『(俺の)奥さん』っつう話ならたった今きいた『客が俺だけってことはない』とめっちゃくちゃ矛盾するじゃん。やべえだろ。私は単なる『将来についての話してるけど特に本気で喋ってるわけじゃない女子』のふりを続けた。

「変わらなくちゃいけないかなあー。でもあたしずっとこんな性格だしなー、子供の頃から」
「ミユ。ずっと今のままって訳にもいかないだろう」
 あーあーそれもだよ、それも一般論であってくれ。人は誰しも年を取る、いつかは指原も卒業する、消費税はきっと上がる、そういう話なら私だって素直にハイそーですね! って言うから。
 お時間です、という店からの電話で会話は途切れた。助かった。もう、もう本当に切り時なのかもしれない。ここを出たら、ほんとまじで絶対に今日こそ、真剣に考えよう。

 部屋を出ようとすると客がついてくる。タバコ買うから、と言われた。一瞬ギョッとしたのはたぶん気づかれてないと思うけど、エレベーターの中で「一緒に降りるの不思議な感じ〜」と言いながらちょっとくっついてみたりした。あぶないあぶない。
 少し離れた場所に店の車がちらりと見えている。
「車、あれ?」
「……ん、たぶん」
「じゃあ気をつけて」
 意外とあっさり別れられて、心底ホッとした。その『ホッ』の大きさに、自分でちょっとびびった。


 やだ、もうやだ、もう切り時ってことでいいですかぁー! 叫びたいような気持ちでがっつりドアを開けたら、後部座席にはひとり女の子がいたもんだから慌ててそうっと乗り込み、小さく「お疲れ様でーす」と言った。「お疲れさまです」ときこえた返事の、思いがけず柔らかであたたかいトーン。こんなとき相手を、ましてや顔をしっかり見たりなんてはしないけど(うっわ、美人……)と思ってしまったほどだ。仕事モード限定の美しい声なのかもしれないが、それにしたって私なんぞに使わせてしまってお疲れのところ申し訳ないわ。
ドライバーさんにお金を渡し、本日のお給料を確認してサインし受け取り、金額を見て思わずため息が出た。『客は俺だけってことないんだし』というセリフを思い出し、情けなくなる。あんただけです、少なくとも今日は。切り時判定委員会がまた責任をなすりつけ合ってはごちゃごちゃ揉め始める。
 視界の端の端にいる女の子は、俯いてスマホの画面を見ていた。イヤホンで音楽を聴いているみたいだ。もし私の稼ぎを見聞きしないよう気遣ってくれているんだとしたら、すごく嬉しいな……違うだろうけど。でもそういうことをする人なんじゃないかって気もしたし、そうだということにすると私が幸せなような気がした。


——えーミユさんご乗車と回収、精算も完了です。はい先にカナコさんお送りで。ええ了解です、はいー。

すると「カナコさん」が、やはりこちらをしっかりとは見ずに、でもちょっと会釈しながらこう言った。
「お先にすみません、わりと近くなので……」
「あっいや全然です、こちらこそすいません、せっかく上がるところなのに、ねえ、ははっ」
 いつの間にかイヤホンを外している。スマートに受け答えできない自分がうざい。きっと彼女は私なんかよりうんと客持ってて、客たちの面倒な恋心や憧れやワガママに日々ちゃんと対処してるんだろな。あなたのアタマの中にも委員会があるのなら、見学させてほしいとほんとに思う。

 

 ドライバーさんに話しかけられたのは、3、4分走ってからだった。
ミユさーん、とのんびりした口調だったので私も無防備に「はい〜?」と答えたのに、続いた言葉は世間話ではなかった。

「ちょっと変な質問しますけどすいません、そのままで答えてくださいねー。先程のお客さん本指名でしたよね? 40か50かぐらいで、わりと面長っていうか太ってはないっていうかシュッとしたっつうか、そんな感じすかねえ」

 なんだそりゃ。戸惑いながら私は答えた。そうですね、はっきり何歳か聞いたことはないですけどたぶんそのくらいで、あとたぶんどっちかっていうとやせてる方と思いますけど……そんでまあ若い頃はモテたとか言うけどまあそうなのかもなって感じ、です、けど……。

「あのですねえ、僕、さっきからさりげなーく3回連続左に曲がったんですけど、同じ車がいるんすわ」
「はい?」
 声を出したのはカナコさんだった。
「ついて来てるってことでしょ? まずいじゃないですか」
 さっきと違う、冷たい声だ。同じ方向に曲がり続けていたことにも全く気づいていなかったのに、そういうことかと理解した瞬間頭の中が真っ白になった。どうしよう。

 いやそうと決まったわけじゃないですしあんま見えないですしなんとも言えないですけど……とドライバーさんは言ったが、私はびっくりして口に出す言葉も決められずに「え、えー」と変に高い声を微かに漏らしながら凍りついていた。ふだん車に乗っていて後ろを見ることなんてないくせに、いま後ろを見たら死んじゃうんじゃないかみたいな恐怖が一気に生まれて、まったく首が動かせない。

「ミユさーん、万が一ですけど、何か心当たりありますかね?」
「え、えー、あるっていうか、あるような、ないような……」
「とりあえずちょっと事務所に連絡しますわ。カナコさんもすいません」

 それを聞いてようやくハッとした。そうだ、このままこの車でカナコさんをお家に送ったら危険ってことだ。いったいどうするんだろう、とにかく大迷惑なのは確かだ。どうしよう、こんな気まずいことってない。

「すいません……!」
 全力で謝った。無数の『どうしよう』が浮かんでは消えてまた噴き上がる中、しかし自分が彼女から疎まれるべき存在に成り下がったことは普通につらい。驚きと混乱と肩身の狭さで吐きそうになっているとカナコさんの声がした。
「あの。バッグ」
「あっ、はっ、す、すいませ」
 謝罪の勢いでバッグの持ち手がぶつかってしまったと思い、慌てて引っ込めようとすると言われた。
「ううん、ごめんなさいあのね、バッグになんか入れられたりしてません? GPSとか音拾うやつとかそういうの」
ひっ、と声にならない悲鳴をあげ、私は固まった。言われてみればそうだ。
 バッグから化粧品の入ったポーチを取り出し、(いや、ポーチの中も開けないとだめか)と思い、でも思うように手が動かない。モタモタしているとカナコさんがいつの間にかどこかからバスタオルを出して広げ、自分のスマホで照らしてくれた。化粧ポーチを出し、イソジンやローションの入ったポーチを出し、もうひとつポーチを出し、待てよ、なんで私はこんなにポーチを持ってんだ、しかもどれもこれもファスナーがついているのはなぜだ? と思ったらよく分からなくなり、いやいや何言ってんのおかしくなってるよしっかりしろよ、と我に返ってポーチを開け、そこに入っているのは頭痛薬とバンドエイドと、——あの部屋の鍵。
 ああ、そうだった。もう、だめなんだ。これからどんなやばいことになっても、こんなもん受け取ってしかも使ってた女の味方なんているわけない。守ってもらえるわけない。お店にも、警察にも、他の誰にも。

「大丈夫ですか? すみません、変なこと言って。心配で」
「いえ、はい、はは」
 返事はしたけどなにを聞かれたのかよくわかってない。私なにか探してたんだっけ? ここはいまどこだろう。窓の外にはでっかい建物は見あたらなくて、なのに今にも街のすべてがずっと上の方からガッシャーンと崩れ落ちてきそうな気がした。委員会はひとり残らず机に突っ伏して、しゃべらないし動かない。たぶん全員死んだ。

「なんかほんとすいません……」
 うわごとのように言うと、涙が出そうになってきた。
「全然、ぜんっぜん大丈夫ですよう、気にしないでください。そんなことよりミユさんが」
「だって、私のせいでこんな迷惑かけて、巻き込んで、それで、帰るのもおそくなって、ぜんぶ私がちゃんとしなかったから」
「なに言ってるんですか、ミユさん悪くないじゃないですか」
「いえ、悪いかもしれないんです、てか悪いです」

 明るい声で大丈夫だとくり返すカナコさんを、そのとき初めてしっかりと見た。
カナコさんも私を見ていた。くっきりした瞳が、私を強く見つめていた。恥ずかしくて、でも目を逸らせなくて、ばかみたいに見つめ返すしかなかった。
「いいですよ、悪くても。でもたぶん悪くない気がしますけど」

 流れた涙が口に入るのを感じながら、私はなおもよく分からないことを口走りまくった。
「こんな時に言うのおかしいですけど、そんですごい失礼かもしんないんですけど、カナコさん、ほんとまじで、やっばい美人すね……一緒の店いたら、あたし、指名なんか取れるわけないや、へへ」

「ちょっとほんっとに、なに言ってるんですか、もう……それぇ、たぶんあれでしょ。吊り橋効果ってやつですよ」
 カナコさんはちょっと歯を見せて、なんだか急に色っぽい笑顔で笑った。きっと私、変な子だと思われてる。でももうそれでもいいや。
 ドライバーさんが店長に何か「了解ですー」と言っている。静かな青黒い街の中を、私とカナコさんを乗せた車は走り続ける。ここも昔は海だったんだろうか、とふと思う。通りの向こう側で酔っぱらった男の子たちがおかしな踊りを踊ってる。指をさして教えるとそれを見てカナコさんがクスッと笑ってる。このままどこかへ行ってしまえたらと思う。どこまでもどこかへ行ってしまえたらと思う。

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職種
売り専です…お客さんも売る側のスタッフも男性の風俗です
自己紹介
大女優とも呼ばれています。気づいたらもうすぐ40歳。なんとか現役にしがみついています。
好きなものは、コーラ!!
皆さまの中には聞いたことがない仕事かもしれません。いろいろ聞いてくださると嬉しいです!!
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デリヘル嬢。
ここでは経験を元にしたフィクションを書いています。
すきな遊びは接客中にお客さんの目を盗んで白目になること。
苦手な仕事は自動回転ドアのホテル(なんか緊張するから)。
goodnight, sweetie http://goodnightsweetie.net/
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元風俗嬢 シングルマザー
風俗の仕事はだいたい10年ぐらいやりました。今は会社員です。
セックスワーカーとセクシュアルマイノリティー女性が
ちらっとでも登場する映画は観るようにしています。
オススメ映画があったらぜひ教えてください。
あたしはレズビアンだと思われてもいいのよ http://d.hatena.ne.jp/maki-ryu/
セックスワーカー自助グループ「SWEETLY」twitter https://twitter.com/SweetlyCafe
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庄司優美花
非本番系風俗中心に、都内で兼業風俗嬢を続けてます。仕事用のお上品な服装とヘアメイクに身を包みながら、こっそりとヘビメタやパンクを聴いてます。気性は荒いです。箱時代、お客とケンカして泣かせたことがあります。